保護者の方へ(治癒証明書など)

OKAYAMAディスカバリークラブ

2026-01-08 (Thu)

午年ゆかりの神社へ行こう! 中編

こんにちは!ODCです。

午年にちなんだ、神社の紹介を続けます。

お次は、東京都葛飾区にある「五方山 熊野神社」。


出典:https://jinjamemo.com/archives/gohozankumanojinja.html

平安時代に、安倍晴明によって建立された神社です。

古の中国に由来する、陰陽五行説
(世界は対になる物と、5つのグループ〔木・火・土・金・水〕に分かれた
自然との組み合わせで、成り立つという思想)を踏まえて、

三十間五角(一辺が約55mの正五角形)型の境内に神社を建てたことから、
「五方山」の名前がついたと言われています。
参考:https://jinjya.kumano-kids.com/?page_id=42

この形の境内は、まさに唯一無二!
また、神馬としてポニーが飼育され、触れ合い体験等のイベントで活躍しています(^◇^)

さて、ここでクイズ!

神社でお馴染みの「絵馬」。その誕生に関わる神社が京都にあるのですが、
それは一体どこでしょう?

A 北野天満宮
B 貴船神社
C 晴明神社

正解は…

「B 貴船神社」でした!


出典:https://www.veltra.com/jp/guide/domestic/spot-domestic/1184/

この神社は水の神様を祀っており、雨を願う時には黒い馬、
晴れを願う時には白い馬をお供えしていたそうです。

これが形を変えて、現在の「絵馬」になったと言われています!
参考:https://www.shofukudo.jp/c/column/horse-shrine

他にも、よさこい節に登場するヒロイン「お馬」を祀った神社が、
高知県須崎市にありますよ(*^^)v


出典:https://sta2020.com/susaki_info/tourism/759/

さて、午年ゆかりの神社は、何と岡山にもあるそうで…?

この続きは、また後日。

2026-01-07 (Wed)

午年ゆかりの神社へ行こう! 前編

こんにちは!ODCです。

遂に2026年が始まりましたね。

今年の干支は「午」(しかも、60年ぶりの丙午!)
ということで…

新年初のトピックは、馬にまつわる神社です(・∀・)

馬は古の時代から現代まで、人間の生活を支えてきました。(例:農耕、運搬等)

最近では、『風の向こうへ駆け抜けろ』や『ザ・ロイヤルファミリー』のおかげで、
競馬や騎手に関心を持つ人も増えていますね(*^^)v
(この2作品は、映像化もされました)


出典:https://www.amazon.co.jp/%E9%A2%A8%E3%81%AE%E5%90%91%E3%81%93%E3%81%86%E3%
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今回は日本にある、ユニークな馬の神社を紹介しましょう。

まずは、北海道浦河町にある「西舎(にしちゃ)神社」。


出典:https://jinja-bukkaku.net/detail.htm?jbId=163214

この神社がある日高地方は、サラブレッドの産地としても有名です。

新年になると、JRA日高育成牧場のスタッフが、
サラブレッドやポニーに乗ってお参りする「騎馬参拝」が行われます。
参考:https://www.shofukudo.jp/c/column/horse-shrine

大名行列ならぬ「JRA行列」が、神社に向かってゆったりと進んでいく様は、
なかなか見ごたえがありそうですね(^_^)/

次回、中編に続きます!

2025-12-23 (Tue)

日本映画の立役者 後編

こんにちは!ODCです。

尾上松之助さんのお話を続けます。

日本映画草創期に活躍した、松之助さん。
そんな彼の秘蔵映像が、今回新しく発見されたそうです!


出典:12月12日付の山陽新聞

発掘されたのは、映画『荒木又右衛門』(1925年)のワンシーン。

『荒木又右衛門』は松之助さん晩年の代表作であり、
主演1000本目の記念作でもあります👏

同作は、江戸時代に起こった「鍵屋の辻の決闘」を元に作られました。
曾我兄弟の仇討ち・赤穂浪士の討ち入りと並んで、日本3大仇討ちの1つと言われています。

さて、記事によると…

この映像の再生時間は13分(松之助さんの登場シーンは30秒)で、
かつて存在した会社 日本航空輸送が1935年に制作した広告に、
『荒木又右衛門』の一部が使われたのではないかとのこと。

映像には後楽園を背景に、刀を振るう松之助さんの姿が!

沢山の映画に出演した松之助さんですが、
映像の多くは失われ、断片的にしか残っていないそうです。

そのため今回のように、一部でも映像が見つかったのは、
大変貴重なことなのです^_^

今回の記事がきっかけで、尾上松之助さんに
関心を持つ人が増えますように(・∀・)

2025-12-23 (Tue)

日本映画の立役者 前編

こんにちは!ODCです。

皆さんは、尾上松之助さんを知っていますか?


出典:https://www.cinejp.com/%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%86%99%E7%9C%9F-%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%89/%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%86%99%E7%9C%9F-%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%89-1/

刀を構えた姿が、ビシッと決まっていますね~(・∀・)

尾上松之助さんは、岡山県岡山市西中島町
(今の岡山市中区西中島町)に生まれました。

日本で映画が作られ出した頃に人気を博した、伝説のスターです。
2025年に生誕150年、2026年に没後100年を迎えます(*^^)v

幼い頃から、お芝居に関心があった松之助さん。
成長すると、旅回りの歌舞伎役者として活動をスタート。

その後、日本初の映画監督と呼ばれた
牧野省三さんに声を掛けられ、映画俳優の道を歩み始めました。


牧野省三さん。名優兄弟、長門裕之さんと津川雅彦さんのお祖父様でもありました。
出典:https://cinema-retro.kyoto/studio/01/

歌舞伎のノウハウを映画に取り入れ、歴史上の人物や豪傑を演じた
松之助さんは、たちまち売れっ子俳優に。

ぎょろ目で見えを切るポーズから、
「目玉の松ちゃん」のニックネームで親しまれたといわれています。

参考:https://www.ndl.go.jp/portrait/datas/6184/

ここで、クイズ!

尾上松之助さんが最も多く演じた、歴史上の人物は誰でしょう?

A 塚原卜伝
B 国定忠治
C 大石内蔵助

正解は…

「C 大石内蔵助」でした!

ちなみに演じた回数は、何と20回!
きっと凛々しさと豪快さを併せ持った、内蔵助さんだったことでしょうね(^◇^)

さてさて、そんな松之助さんのお宝映像が見つかったそうで…?

次回、後編をお楽しみに!

2025-12-17 (Wed)

『べらぼう~』こぼれ話 Part2 後編➁

こんにちは!ODCです。

鍬形蕙斎さんの面白話も、いよいよラストです。

ということで、ここでクイズ!

鍬形さんは津山松平家の御用絵師になったが、江戸っ子のプライドを保ち、
津山には1度も足を踏み入れなかった。〇か×か?

正解は…

「 × 」でした!

鍬形さんが津山を訪れたのは、1810年。47歳の時でした。
彼はこの地で、1年弱過ごしたと言われています。



出典:https://www.e-tsuyama.com/kankou/check/kyodo/f3.html

これは、滞在時に描かれた「津山景観屛風」。
後に、津山市の指定重要文化財にもなった逸品です(^◇^)

緑あふれる、美しい自然が見事に切り取られていますね。

鍬形さんは1824年に、61歳で世を去りました。2代目と3代目も初代と同様、
津山藩専属の絵師として活躍したと言われています。

ちなみに、2代目の鍬形赤子(せきし)さんは、津山藩の蘭学者である、
箕作秋坪(みつくりしゅうへい)さんや、宇田川興斎(うだがわこうさい)さんと
親交があったことでも有名です(・∀・)


箕作秋坪さん。蘭学者である、箕作阮甫(げんぽ)さんの女婿でもありました。
出典:https://www.e-tsuyama.com/report/2014/09/1825-1886.html


宇田川興斎さん。牧野富太郎さんに影響を与えた『植学啓原』の作者、
宇田川榕菴(ようあん)さんの養子です。
出典:https://www.tsuyama-yougaku.jp/Vol24.html

参考:https://www.tsuyama-yougaku.jp/asset/00032/tokubetutenn/kuwagatake.pdf

鍬形さんが、若い頃懸命に努力して、津山藩に見出されたこと。
鍬形さんと津山藩の不思議な縁が、次の世代にも引き継がれていったこと。

点と線がつながる過程が面白く、ワクワクが止まりませんでした!

鍬形さんにまつわる歴史的名所、
皆さんもぜひ訪ねてみて下さいね(*^^)v

2025-12-17 (Wed)

『べらぼう~』こぼれ話 Part2 後編①

こんにちは!ODCです。

北尾さんが鍬形蕙斎と名を改めてから、画風が
どのように変化したかを見てみましょう。

まずはこちらをご覧下さい。


出典:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/86296

これは、『江戸一目図屏風』という作品です。
隅田川東側の空から、西の方向を見下ろした構図となっています。

さてお次は…


出典:www.dh-jac.net/db1/books/results-thum.php?f1=Ebi1329&f12=1&-sortField.1=f4a&-max=40&enter=default&lang=ja

令和の時代にも通じる、何ともキュートな動物達ですね(・∀・)
これは『鳥獣略画式』と呼ばれる作品で、『略画式』シリーズの1つです。

北尾時代と比べるとより繊細、かつ、素朴な画風になっている気がします。

しかし、名前を変えてもユーモアを交えて描くという
スタイル(特に『鳥獣略式図』)は、健在ですね(^_^)/

次回、後編➁をお楽しみに!

2025-12-16 (Tue)

『べらぼう~』こぼれ話 Part2 中編

こんにちは!ODCです。

北尾政美さんのお話を続けます。

まずはこちらのクイズから。

北尾さんが31歳の時、岡山のある藩から、「御用絵師」として働かないかと
スカウトされました。さて、彼を誘った藩は次のA~Cのうち、どれでしょう?

A 備中松山藩
B 津山藩
C 足守藩

正解は…

「B 津山藩」でした!

津山藩といえば、森忠政さん(森蘭丸の弟)が立ち上げた藩として有名です。

鶴山公園では、森さんの銅像を見ることができますよ(^◇^)


出典:https://www.photolibrary.jp/img295/226845_2598463.html

ちなみに、北尾さんを召し抱えた津山藩藩主は、松平康乂(やすはる)さん!
津山松平家は、結城秀康(徳川家康の子)の流れを汲む、
由緒正しい家柄でした。

参考:https://digioka.libnet.pref.okayama.jp/mmhp/kyodo/person/matsudaira/matsudaira.htm

そして、北尾さんが請われた「御用絵師」は、
江戸幕府から直々に雇われる特別な絵師。

並の画家ではなれなかったことから、
まさに、彼のたゆまぬ努力が実を結んだと言えるでしょう(*^^)v

北尾さんは御用絵師になった後、「鍬形蕙斎(くわがたけいさい)」と称しました。

鍬形さんになってからのお話は、また後日。

2025-12-16 (Tue)

『べらぼう~』こぼれ話 Part2 前編

こんにちは!ODCです。

12月14日に、大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺』が、
ついに最終回を迎えました!

江戸中期が初めて舞台になったこの作品。

主人公の蔦屋重三郎さんを筆頭に、
魅力的なキャラクターが活躍した、面白いドラマでしたね🦊

さて、この蔦屋さんと組んでいた浮世絵師の中に、
北尾政美(まさよし)さんという人がいたのを覚えていますか?

今回は、そんな政美さんの面白話や、蔦重さん没後のお話を紹介します(・∀・)

初代北尾重政さんの弟子だった政美さんは、その画力を生かして、侍の絵や風景画、
様々な黄表紙(写実性と高尚なギャグを兼ね備えた、大人向けの本)の挿絵を担当。

恋川春町さんや山東京伝さんらと、親交があったと言われています。


政美さんの浮世絵です。何と、ボストン美術館に収蔵されています!
出典:https://ja.ukiyo-e.org/image/mfa/sc153397


出典:https://yajifun.tumblr.com/post/560973109/%E9%BB%84%E8%A1%A8%E7%B4%99%E3%81%AE%E5%96%84%E7%8E%89%E6%82%AA%E7%8E%89-%E5%BF%83%E5%AD%A6%E6%97%A9%E6%9F%93%E8%89%B8-%E5%B1%B1%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E4%BC%9D%E4%BD%9C-%E5%8C%97%E5%B0%BE%E6%94%BF%E7%BE%8E-1790%E5%B9%B4-%E5%88%9D%E5%87%BA%E3%81%A8%E8%A8%80%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B

こちらは、山東京伝さんとタッグを組んで作られた、『心学早染草』のワンシーン。
ちなみに、現在も使われる「善玉」「悪玉」の表現は、この物語が元ネタだとか!

あのお馴染みの日本語誕生の裏に、
『べらぼう~』に登場した作品が関わっていたというのは、
なかなか愉快ですね(^_^)/

さて、この北尾政美さん。
実は岡山とも意外なご縁がありまして…

その続きは、また次回!

2025-12-12 (Fri)

世界史の裏側に岡山県人⁉ その3 後編

こんにちは!ODCです。

ロシア文学の偉大な翻訳者として、今も歴史に名が刻まれている、米川正夫さん。

実は、文化人としての一面も持っていました!


出典:https://illustrain.com/?p=26446

ということで、ここでクイズ!

米川さんは、日本の伝統芸能や麻雀等、様々な趣味を極めました。
その中で、ある楽器の演奏はプロ級の腕前だったと言われています。
その楽器とは、次のA~Cのうちどれでしょう?

A 箏
B 三味線
C 尺八

正解は…

「A 箏」でした!

幼い頃に、腹違いのお姉様に箏を習っていた米川さん。
大人になってからも続けていて、「桑原会(そうげんかい)」という名の、
箏を弾くクラブを立ち上げたほど(*^-^*)

ちなみに、創設メンバーには、意外なことにあの内田百閒さんが!
この2人は文芸投稿で切磋琢磨し、かつ、趣味も同じだったこともあり、
大変仲が良かったそうですよ。

顧問は、「春の海」でお馴染みの宮城道雄さん(同じく内田さんの親友)と、
米川さんの末妹である文子さんが務めていました。

文子さんは後に、初代米川文子として、人間国宝になりました。

参考:http://www.kibiji.or.jp/database/06-foreign-literature-004-yonekawa-masao.html

   https://www.weblio.jp/content/%E7%B1%B3%E5%B7%9D%E6%AD%A3%E5%A4%AB

年末が近づくと、色々な場所で箏の演奏を耳にすることがあります。

米川さんが弾いた箏はどのような音色だったのか、想像してみると楽しそうですね(*^^)v

   

2025-12-12 (Fri)

世界史の裏側に岡山県人⁉ その3 中編➁

こんにちは!ODCです。

米川さんのお話を続けます。

大学を卒業後も、海外出張・領事館勤務等、様々な形でロシアと関わりを持った米川さん。

彼の破天荒の偉業、それは…

ドストエフスキーさんの長編5つを、初めて全部翻訳したことです!


出典:https://www.ac-illust.com/main/search_result.php?word=%E8%B3%9E%E8%B3%9B

ドストエフスキーさんには、後期5大長編と呼ばれる作品があります。

『罪と罰』・『白痴』・『悪霊』・『未成年』・『カラマーゾフの兄弟』です(^_^)/

これらの小説は、かなりのボリュームがあることに加え、
難解なもの(特に『未成年』)もあったため、
翻訳をしても1~2冊で終わるか、抜粋にとどまることが多かったと言われています。

そのような、翻訳者泣かせの大作に、米川さんは真っ向から取り組んだのです。

かかった歳月は、1914年の『白痴』に始まり、1935年の『罪と罰』で、何と21年!
いかに地道に取り組んだかが、よく分かりますよね(^◇^)

訳文の質が大変良かったため、評論文や、著名な小説家の作品で引用されたことも!

また、戦後にはドストエフスキーさんの全集も出版し、
日本で彼の作品を広めることに貢献しました。

参考:https://kotenkyoyo.com/special/yonekawa/

   http://www.kibiji.or.jp/database/06-foreign-literature-004-yonekawa-    masao.html

   https://www.weblio.jp/content/%E7%B1%B3%E5%B7%9D%E6%AD%A3%E5%A4%AB

岡山に、これほどドストエフスキー愛にあふれた人がいたと思うと、
何だか誇らしい気持ちになりますね。

さて、米川さんにはロシア文学以外でもう1つ、意外な面があるのですが…

次回、後編に続きます!

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