「面白いもの」や「楽しいもの」を探究する、それがOKAYAMAディスカバリークラブです。文学や歴史はもちろん、アニメや漫画、鉄道等、アプローチの仕方は無限大。長期休みには、美術館や博物館探訪等の校外活動のチャンスもあります!「楽しく・ゆったり・自分らしく」がモットーのODCで、充実した3年間を過ごしてみませんか?
2026-04-06 (Mon)
こんにちは!ODCです。
そもそも、ロシアの子供達に何が起こったのか?
その経緯をたどってみましょう。
1914年から始まった第1次世界大戦。ロシアは連合国軍のメンバーとして、
ドイツ軍と戦っていました。
そのさなか、1917年に2月革命と10月革命が勃発し、
ロシア国内は大混乱に陥りました。

出典:https://www.thecollector.com/russian-revolution-in-5-great-paintings/
「せめて子供達だけでも、安全な場所に避難させよう」
ペトログラード(現在のサンクトペテルブルク)が計画した、
ウラル地方への集団疎開に、親達は希望を託しました。
かくして子供達(5~15歳)は、引率の教員と共に
ウラル地方へ旅立ちました。
「3ヶ月ここにいれば、また家へ帰れるんだ!」
楽しく過ごしながら、彼らはそう信じて疑いませんでした。

出典:『陽明丸と800人の子供たち 日露米をつなぐ奇跡の救出作戦』
北室南苑、2017年
しかし、事態はとんでもない方向へ…
チェコ軍とハンガリー軍の兵士によるいざこざが、やがて内乱に発展。
蜂起したチェコ軍と、その内乱に乗じた反ロシア軍がウラル地方に進撃し、
現地のロシア軍と武力衝突したのです。
ウラル地方の鉄道や通信設備は封鎖されてしまい、
子供達は帰れなくなってしまいました…
参考文献:『陽明丸と800人の子供たち 日露米をつなぐ奇跡の救出作戦』
北室南苑、2017年
彼らの運命やいかに!? この続きは、また後日。
2026-04-03 (Fri)
こんにちは!ODCです。
世界史の裏側に隠された、岡山県民達の物語。
トリを飾るのは、この方!

出典:https://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=51721
制服姿が、キリっとしていて素敵ですね(^◇^)
この人は、茅原基治(かやはらもとじ)さん。
岡山県小田郡甲弩(こうの)村(現在の岡山県笠岡市甲弩)の出身です。
自然豊かな環境で育った茅原さんは、旧制金光中学校を経て、
神戸市の勝田汽船に就職。
入社後も地道に努力を続け、やがて貨物船の船長を務めるようになりました(・∀・)
彼の偉業、それは…
難民になったロシアの子供達(約800人)を保護し、
命がけで故郷付近まで送り届けたことです!
参考資料:https://www.city.kasaoka.okayama.jp/uploaded/attachment/39642.pdf
「難民を救った日本人」といえば、第2次世界大戦中に「命のビザ」を発行し、
多くのユダヤ人を助けた、杉原千畝(ちうね)さんが有名ですね(*^^)v

杉原千畝さん。出典:https://www.jiji.com/jc/d4?p=scu124&d=d4_ftee
この続きは、また次回!
2026-03-18 (Wed)
こんにちは!ODCです。
卒業生の嬉しいニュースをお届けします。
ODCの前部長を務めたOさん(国立進学コース出身)が、
英検1級に見事合格しました!
英検1級は合格率が10%前後で、かなり狭き門です。
社会性に富んだ、幅広い分野の文章や会話を理解したり、
専門的な論文を書いたりする力が求められます。
また、面接ではスピーチはもちろん、質問に対する高度な応答力も
要求されるため、相当な勉強が必要です。
参考:https://www.eiken.or.jp/eiken/exam/about/
去年準1級を取得した時も驚きましたが、今回は英検の最高峰を極めた
ということで、顧問一同感激しております!
ODCの歴史に、新たな伝説が刻まれましたね(*^^)v
この英語力を存分に生かし、夢に向かって全力で進んでいくことを願っています。
やりましたね、Oさん! おめでとう!\(^o^)/

出典:https://illustmint.com/contents/tag/%E3%81%8F%E3%81%99%E7%8E%89

出典:https://www.ac-illust.com/main/search_result.php?word=%E5%87%84%E3%81%84
2026-03-11 (Wed)
こんにちは!ODCです。
ゾルゲさんと花子さんの物語も、いよいよクライマックス!
終戦後に発行された新聞で、彼女はゾルゲさんの死を知りました。
その後、『人間ゾルゲ』を執筆していた時、彼女は書店で、
「ゾルゲ事件」に関する冊子に出会いました。
そこには、彼の最期や亡骸の行方が詳しく書かれていたのです。
ドイツからは引き取りを拒否され、ソ連からは黙殺されたゾルゲさんは、
東京の雑司ヶ谷霊園の共同墓地に葬られていました。
非業の死を遂げた恋人を、せめて丁重に弔いたい―
悲しみに沈んでいた彼女の心に、再び希望が宿りました。

出典:https://www.ac-illust.com/main/search_result.php?word=%E5%90%88%E6%8E%8C
早速花子さんは雑司ヶ谷霊園に赴いたものの、木標は全て引き抜かれ、
ゾルゲさんの居場所は分かりませんでした。
さらに、生前恋人が収容された東京拘置所でも情報は得られず、
彼女は苦境に立たされます。
しかし、雑司ヶ谷霊園の管理人の方が協力して下さり、
亡骸は無事に見つかりました。
発掘・火葬の末、ゾルゲさんは1950年に、多摩霊園で改めて埋葬されたのでした。

出典:https://www.irasutoya.com/2017/12/blog-post_86.html
1964年には、ソ連で彼の栄誉を称える儀式が行われました。
また、日本でもゾルゲさんの行動を再評価する動きが広がったことで、
思わぬ形で、彼は名誉を回復することができました。
参考文献:『人間ゾルゲ』石井花子、1986年
参考:https://www.nippon.com/ja/guide-to-japan/
gu007005/?cx_recs_click=true
戦争を嫌い、平和な世界の実現を夢見たゾルゲさん。
彼を愛し、彼の努力を無駄にすまいと奮闘した花子さん。
第2次世界大戦の裏側で、このような純愛の物語が展開されていたとは、
歴史は本当に面白いですね(・∀・)
花子さんは2000年に亡くなり、ゾルゲさんと同じお墓で眠っています。
今もなお、紛争や侵攻で平和が脅かされる世界を、
2人は天国から、どのような思いで見つめていることでしょうか…
2026-03-11 (Wed)
こんにちは!ODCです。
2人が出会って6年後の1941年夏、事態が大きく動き出しました。
何と花子さんが、ゾルゲさんが不在の時に、赤坂鳥居坂署
(現在の警視庁麻布警察署)で取り調べを受けることに…

現在の警視庁麻布警察署
出典:https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/
about_mpd/shokai/ichiran/kankatsu/azabu/index.html
特高警察(主に政治犯や思想犯を取り締まる警察)から、
間者ではないかと厳しく追及されるも、
彼女は毅然とした態度で潔白を主張しました。
その夜、花子さんから事の次第を聞いたゾルゲさんは、
初めて自分の本当の仕事を告げました。
(スパイという言葉は一切使わずに)
軍事行動を起こす日本を憂い、早く負けるように仕向けたこと。
アメリカをはじめとする大国との戦争が無くなり、
日本国民が幸せになるのなら、喜んで命を捧げる覚悟だということ。
このようなことを、彼は花子さんに語ったそうです。
やがて尾崎秀実さんをはじめ、ゾルゲさんの仲間達が次々と検挙されました。
彼は恋人をこれ以上危険にさらさないために、
距離を置くことを決断しました。
2人が最後に会ったのは、銀座の「ローマイヤ」というレストランでした。

写真中央にいるのは、創業者のローマイヤさんです。
出典:https://lohmeyer-ginza.gorp.jp/
この後ゾルゲさんはスパイ容疑で逮捕され(いわゆる「ゾルゲ事件」)、
東京拘置所に収容されました。
彼は取り調べを担当した特高主任の方に対して、進んで情報を提供するため、
恋人やその家族には手を出さないでほしいと懇願したそうです。
(ちなみにこの願いは叶えられ、花子さん達は比較的安全に過ごせたとか)
愛する人を懸命に守ろうとする彼の男気に、胸を打たれますね…
1944年 11月7日、有罪判決が下ったゾルゲさんは、絞首刑に処せられました。
参考文献:『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師
インテリジェンス畸人伝』手嶋龍一、2016年
『人間ゾルゲ』石井花子、1986年
参考:https://www.nippon.com/ja/guide-to-japan/
gu007004/?cx_recs_click=true
悲恋の結末は、また後日。