保護者の方へ(治癒証明書など)

OKAYAMAディスカバリークラブ

「面白いもの」や「楽しいもの」を探究する、それがOKAYAMAディスカバリークラブです。文学や歴史はもちろん、アニメや漫画、鉄道等、アプローチの仕方は無限大。長期休みには、美術館や博物館探訪等の校外活動のチャンスもあります!「楽しく・ゆったり・自分らしく」がモットーのODCで、充実した3年間を過ごしてみませんか?

顧問
田中陽子/三宅圭子/徳永史恵/髙原恭一
部員数
1年生 0名 /2年生 1名 /3年生 7名 合計8名
活動場所
4階国語科準備室、本校第2棟部室
戦歴
2024年度 奉還町商店街活性化イベント『アキナイト』
   (10月12日)に出展&坪田譲治に関するラジオ番組制作

    インターネットラジオ「ゆめのたね」にて、
    ラジオ番組『深掘り!坪田譲治』オンエア(11月3日・10日・17日・24日)
 
    UP花巻主催 「人工衛星プロジェクト 短歌ミッション」選出(最優秀賞)

2025-02-13 (Thu)

世界史の裏側に岡山県人⁉ その1 後編

こんにちは!ODCです。

内山完三さんのお話を続けます。

上海に居を構えた内山さんは、しばらく薬の販売をしていました。

営業の傍ら、彼は自宅で、本の小さな販売エリアを作りました。

これは、妻の美喜子さんも仕事をし、経済的に自立できるようにと願ったからだとか。
元々は奥様のためだったという点から、愛妻家の顔がうかがえますね(*^_^*)

さて、キリスト教の関連本からスタートした本売り場は、やがて文学作品や専門書も手掛けるようになり、
上海で大人気の書店に成長しました。これが「内山書店」の始まりです!


出典:http://www.uchiyama-shoten.co.jp/company/cc1377.html

魯迅さんと内山さんの出会いは、1927年の秋のことでした。
魯迅さんが、諸事情で広州から上海に移った後、内山書店に来店したのがきっかけでした。

2人の交流は、魯迅さんが亡くなるまで10年間続きました。

魯迅さんは内山さんを尊敬し、内山さんは友人、ある時は用心棒として魯迅さんを支えたそうです。
参考:https://jcfa-net.gr.jp/shinbun/2009/090305.html

内山完三さんはまた、スポンサーとして、日本の著名な作家と魯迅さんの面会をセッティングしたと言われています。
(その中には何と、あの横光利一さんや武者小路実篤さんもいました!)

中国を愛し、文学を通じて日本と中国の橋渡しを行った内山さん。
そして、平和を愛し、日本と中国が深い絆で結ばれるよう願った魯迅さん。

教科書でもお馴染みの作家が、こんな形で岡山とつながっていたと知って、
かなり驚きました(*^^)v

皆さんもぜひ、内山さんと魯迅さんの関係に思いを馳せながら、ゆかりの地を巡ってみてはいかがですか?

2025-02-13 (Thu)

世界史の裏側に岡山県人⁉ その1 前編

こんにちは!ODCです。

皆さんは、魯迅さんを知っていますか?


出典:https://www.weblio.jp/content/%E9%AD%AF%E8%BF%85

魯迅さんは、20世紀初頭の中国で活躍した作家です。
代表作には、『阿Q正伝』や『故郷』、『狂人日記』等があります。

『故郷』は、中学校の国語の教科書でもお馴染みですね(^◇^)

彼は小説を口語体(白話)で書いたり、西洋の小説技法をいち早く取り入れたりする等、精力的に活動しました。
また、思想家・教育者としての面もあり、後進の指導を熱心に行ったと言われています。

そんな魯迅さんは、何と岡山と意外な縁があります!

魯迅さんとゆかりのある岡山県人、それは…

内山完三さんです!


出典:芳井町観光パンフレット

内山完三さんは、今の井原市芳井町吉井で生まれました。

京都や大阪のお店で10年間勤務した後、参天堂(今の参天製薬)に転職しました。

参天堂の商品を売るべく、中国の上海に渡った内山さん。

真面目な日雇い労働者達や、誠実な商いをする商人達の姿を見て、中国の奥深さに感銘を受けたといいます。
参考:https://www.ibarakankou.jp/sightseeing-information/history/DJ013.html

その後結婚し、上海で暮らし始めた内山さん。

彼と魯迅さんとのつながりについては、また次回。

2025-01-01 (Wed)

巳年ゆかりの神社へ行こう! 後編

こんにちは!ODCです。

道通神社の話を続けます。

そもそも「道通」とは、蛇の神様のことを指します。

元々は、中国地方や四国地方で「トウビョウ」と呼ばれ、憑き物の1つだったそうです。


出典:『化物づくし絵巻』(作者不詳・江戸時代)

こうして見ると、案外可愛いですね(^_^)/

『日本怪異妖怪事典 中国』によると、
「トウビョウ」は、大切に扱えば家を栄えさせたり飼い主を助けたりしますが、
ぞんざいに扱えば飼い主に襲いかかると言われています。

岡山県では、このトウビョウの祟りが及ばないように、「道通様」と名付けて崇めました。
「道通様」のために作られたのが、「道通神社」だったのですね(・∀・)

そしてこの道通神社、何と、中四国における蛇神信仰の総本山でもあるのです!

また、ここに置かれた祠は、かつて水木しげるさんが《蛇の家》として紹介したこともあったとか。
出典:https://japanmystery.com/okayama/doutuu.html

蛇が妖から神様へ変化し、やがて有名な漫画家と巡り会った―

思わぬつながりに、驚きが止まりませんでした。

巳年に関する神社、皆さんもぜひ訪ねてみて下さいね(*^^)v

2025-01-01 (Wed)

巳年ゆかりの神社へ行こう! 中編

こんにちは!ODCです。

前回に引き続き、蛇にまつわる神社のお話です。

岡山にも、巳年にちなんだ面白い神社があります。それは…

「道通神社」です!


出典:https://okayamastyle.com/dotsujinja/

道通神社は、笠岡市の「横島」に建っています。ここには、邇邇芸命(ににぎのみこと)の天下りの際に、
彼を案内した神様である、猿田彦という神様が祀られています。

元々この神社は、笠岡道通谷という場所にあり、人々に大切にされてきました。

しかし戦国時代になると、神社は放置されて荒廃。
やがて伝染病や災害が襲いかかり、住人は大ピンチに陥りました。

「神様の祟りに違いない!」そう考えた住人達は、当時信仰が盛んだった「横島」に神様を移し、崇め奉りました。

すると、病気も災害もたちまち落ち着き、無事に生き延びることができたのです!
参考:https://www.okayama-jinjacho.or.jp/search/18221/

人々を救った偉大な神社が、ここ岡山にあったと思うと、何だか誇らしい気持ちになりますね。

道通神社と蛇とのかかわりについては、また次回。

2025-01-01 (Wed)

巳年ゆかりの神社へ行こう! 前編

こんにちは!ODCです。

皆さん、明けましておめでとうございます!🎍

今年の干支は「巳」。
ということで、新年最初のトピックは、蛇にまつわる神社です。

日本で蛇といえば、アオダイショウや、毒蛇のマムシにハブ等、少し怖いイメージがありますよね。

しかし古の日本では、蛇は恐怖の対象だけではなく、神秘的な存在として崇められてきました(*^^)v

例えば、島根県の「出雲大社」では、ウミヘビ(セグロウミヘビ)がご神体として祀られています。


出典:https://www.satoumi-shima.jp/2023/08/blog-post_493.html

そして、奈良県大神神社の祭神である大物主大神(おおものぬしのおおかみ)は、蛇の姿をしているといわれています。
参考:https://oomiwa.or.jp/jinja/kamigatari/#linktop

他にも、白い蛇は金運が上昇するということで、
日本各地に白蛇神社が存在します。

中には、生きた白蛇様を拝める場所もあるそうですよ(^◇^)

さてさて、そんな巳年ゆかりの神社が、何と岡山にもあるそうで…?

次回、中編をお楽しみに!

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